ヒプノセラピーは記憶を書き換える

さて、ヒプノセラピーもどき?のことを
スリランカで体験した私は、

日本に帰国して、自分の体験したものが
どういうものなのか?ということを調べていった。

おそらくは、ヒプノセラピーの範疇になるのだろうという
そういう予想はあったのだければ、

未だその時は、ヒプノセラピー自体がどのようなものなのか?
ということもハッキリとは知らなかったのだった。

だけれども、面白いことに、私自身は、その当時、
日本の兵庫県にあるサロンで宇都宮エミリさんという
セラピストの方から、「セラピストマインド育成講座」
という講座を月に1度の割合で香川から兵庫の塚口まで通い
履修していたのだった。

そして、偶然にも、宇都宮エミリさんは
ヒプノセラピーのセラピストでもあられたのだった。

私がスリランカへ行っている最中は、
「セラピストマインド育成講座」を受けている途中で、

まさか自分自身がエミリさんから
ヒプノセラピーのレクチャーを受けることになっていくとは、
まったく考えてもいなかったのだった。

だけど、私のこころがすっきりとさわやかになり
息子のことを心配する必要が無くなったのは、

本当に天と地ほどの差があるのだった。

 

それまでは、いつもいつもいつも息子を心配し、
息子が〇〇先生みたいになってしまったら
どうしようか?とまだ、起きてもいないことを
過度に心配し、いつもその杞憂が私のこころを
無限ループのようにぐるぐる回っていたのだった。

 

それがスリランカの一件で、ものの見事にクリアーされ
私は、新たに、ヒプノセラピーを学ぶことを決意する。

ネットでヒプノセラピーについて検索していくと
「悲嘆療法」というジャンルがあることを知った。

調べると、私がスリランカで体験したことは、
「悲嘆療法」に近いものだと分かった。

 

あの時、私は、目をつぶって、合掌して、
〇〇先生を脳裏にイメージさせながら
「〇〇先生、ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛しています」
という言葉を何度も繰り返した。

そして、先生の映像が脳裏に浮かんでいたのだった。
そう、映画を見るように脳裏にイメージが流れていたのだった。

先生は、にっこりと私に向かって笑ってから
「もういいよ。」と私の謝罪を受け入れてくれた。
そして、踵を返して、どんどんどんとトンネルの向こうの世界(おそらくあの世)へ
向かって歩いていったのだった。

そのことを、私は私自身の脳裏で見ていた。
でも、不思議なことに、横に居たセラピストさんも同じように見ていた。

そして、もっと不思議なことに、私の友人で、
私にスリランカ行きを強く勧めてくれた友人に、

日本に帰国して、スリランカでの体験を話してみると、
その友人も、スリランカでのセラピストさんが映像が見えたように
同じことが起こった。友人も先生の姿が見えたそうだ。

ヒプノセラピーでは、例えばこんな使い方が出来る。

大好きなお爺ちゃんが居て、そのお爺ちゃんの死に目に間に合わなかった。
そして、お爺ちゃんに挨拶が出来ないのが心残りだ。。。

というような場合、「悲嘆療法」によって、
イメージの中で、お爺ちゃんに会って、死に目に間に合い、
それどころか、大人になった自分がお爺ちゃんにお酒をついであげて、
お爺ちゃんと一緒にお酒を飲む。。。という体験をセッションの中で
体験するのだ。

 

潜在意識というものは、現実か?そうでないか?
の区別はしない。イメージを見て、書き換えたということでも
潜在意識はそれを弾かないのだ。

 

だからこそ、私が、もうなくなった〇〇先生と
イメージの中で再会し、先生に謝罪をすることにより、
先生がその謝罪を受け入れて、私を許すというイメージを
観ることにより、私の思い出が書き換わって、気持ちが楽に
なったのだった。

おじいちゃんの死に目に間に合わなかったという罪悪感や寂しさが
残っていたのだけど、ヒプノセラピーセッションの中で
再会し、大人になった自分自身がお爺ちゃんと一献かわすことが出来、
未完のコミュニケーションを修正したことになる。

そこから、こころのこりや、わだかまりや罪悪感という感覚が消え、
こころが楽になる。

 

これがヒプノがセラピーとなる理由である。

 

私たちは、セラピーを通して、自分自身のこころを軽やかにする。
生きやすくするのだ。

書き換えられるのなら、書き換えて楽に生きれば良い。

 

あの時、誤れなかったのなら、セッションの中で謝ればよい。

すると、自分のこころは、あきらかに救われる。

 

それが、イメージという自分自身の中で起こることが素晴らしい。
クライアントの潜在意識が自ら選び、メッセージとして投げかける。

だからこそ、書き換わるのだ。自分自身で完結するからこそ、
セラピーになるのだと感じる。

 

いろんなヒプノセラピーを重ねることで、どんどん潜在意識が
クリアリングされる。

だからこそ、私は、波長の合う、セラピストから、
何度もセッションを受けてみればいいと思う。

 

そうして少しでも軽やかに生きていくことが出来れば
こんなに嬉しいことはないのだから。

 

 

いりくらじゅりあでした。

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